背日記


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大晦日
12/31 (Mon) 06:44|日常
大晦日。
とはいえこれから早朝出て、たぶん夜中まで仕事です。
暇なら帰れるけど。
さすがにこの日はバイトさんも入らないので人がいない。
サービス業の悲しさかな。
2007年最後の仕事頑張ってきます。
お蕎麦はもう買っておきました。屠蘇散も。
’07年もいろいろあったけど
なんでも乗り越えていくんだな、人って。
あ、窓見たら、朝焼け。そろそろ空が明るくなります。
出勤しましょう。

雪降るかな?

よいお年を。
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顔の悪夢
12/29 (Sat) 09:26|夢記録
久しぶりに怖い夢を見た。
怖い夢ってどこから降りてくるんだろ?空から?
ふつうにいって無意識からなんだろけど、
地上にはそんなものを呼び寄せる原因は見当たらない。
何の必要性があって悪夢をみるんだろう。
空想すらしてへん予測のつかないものが出てくる。
それはいつものことやけど。
私はなんとなく天災のようなものと思っている。

夢の詳細。不気味なのが苦手なひとは読むのをやめといてください。

自分のいつも入っていた洞窟の中の図書室への道が
突然様変わりして、異様な雰囲気を漂わせている。
赤土の壁に人の顔がたくさん浮き上がっていてそれらが皆こちらを
きろりきろりと目玉を動かして見る。
おそろしい静寂がはりつめている。

私はもう絶対入りたくないと思うのだが、
妹はその不気味さに気付かないのか
こんなところがあったの!気付かなかった、と喜んで
どんどん入っていく。妹が心配なので私もやむをえず入る。
この図書室は父の蔵書で成っていて、今回入るとそれらが全て
殺人鬼の手記になっていた。
私が妹と並んで狭い棚の間に立つと、本の間から顔がにゅうと出てきて
語りかけてきた。
「こいつは面白いぞ!こいつは殺した相手を鍋で煮て喰ったんだ」
「こっちは・・・」
次々に本ごとに違う顔が現われてその本について語り、読め、読めという。
その内容すべてが殺人鬼の手口についてで、私は怖くて胸が悪くなり
顔が現われるたびに悪態をつき、やめろと繰り返した。
そのたびに顔は大きな口を開き、執拗に本について私に聴かせる。
妹は顔に気付かないのかおもしろそうに本を開いて読んでいた。
私だけが必死で抵抗していると、本棚の上から
顔が白い手で本を投げつけてくる。
私は本を投げ返し、洞窟から妹を連れて逃げ出したが、
妹はなにがあったの?ときょとんとしている。
現実では逆に妹のほうが
この手の本に著しい拒否反応を示すんだけど。
私はふつうなら読めないことはない。悲しい物語として読む。
でも、それをおもしろがれと言われても無理である。

少女殺人事件の犯人を探したり迷い牛を引率したり、
その後の夢でもいろいろあって、起きた時にはもう疲れて
眠りたくない気分だった。
やれることはやり、できないことは力がつくまで待つ。
最初の顔と真正面から闘うにはまだまだ力弱いけど、
できることからやっていくしかないと目覚める前に思った。

銀のすすき野原の上に海が流れてさらさら音を立て
死んだ少女の家の真上に紺色の夜が拡がり
その中にきらきら輝く星がちりばめられていたり
詩的な場面はあったけど、それらの美しさが常に
ひそやかな恐怖とともに展開されていくのがやっぱり悪夢だった。

今日は上がるだろうか?雨。
百万回生きたねこ
12/29 (Sat) 06:50|
OZちゃんから絵本とチョコレートが届いた。いつもすてきなカードと手紙が一緒に届く。わくわくとがさがさ袋を開けて手紙を真っ先に読む。包装されていた絵本のタイトルを当ててみた。「なんか、なんかわかる気がする!『百万回死んだねこ』?」旦那ちゃんが包みを開けて言った。「なんでわかるの?『百万回生きたねこ』だよ!」
めっちゃうれしかった!
この絵本いつも買いたくて買えなかったやつ。河合隼雄さんの本で紹介されていたので書店で読んではいたけど、自分では買えてなかった。早速広げて旦那ちゃんに読んで貰った。
やばかった。

最後のほうで、ぼろ泣きだ…

もーうーあたしは人前で泣くのはやなんだよー

それでびっくりした旦那ちゃんが冗談を言ってわらかしてくれたので、おいしいチョコレートを食べてお茶にしました。
OZちゃんありがとう。
大事にします。
うまく感想を言えないけど、なんか。この絵本は自分との距離感がものすご近いです。
あとねこの顎の線とか、抱っこしたときのぶら下り方とかが、猫を知ってる人の描き方だなと思います。愛しい線です。しかしこのねこ、かっこいい。

この本、ずっとそばに置いときます。
すてきなすてきなプレゼント。

今日は一日雨だったので、ひるまよく眠りました。
おかげで夜眠れない。
どうしよう?
危ない
12/25 (Tue) 19:14|今日のごはん
今日もごはんをつくっていて死にかけた。
服に火が燃え移ったのである。
旦那に話したら「二度もそんなことになる人は珍しいよ!」と
怒っていた。そう、これが二度目。
いつ天に召されるかわからない人生、とはいえども
ごはんをつくっていて焼死するのは嫌だ。
髪の毛こげた。
仕事でバイトの子にその話をしたら
「私もごはんをつくっていて火事になりかけたことがある!
だからお母さんからやめろって言われていて
それ以来ごはんはつくらないの」
という子が一名いて
「ごはん作るのって、危ないよね」
ということで意気投合。
帰り際よくよく考えてなんかおかしいな、と思ったが
考えるのをよした。
そもそもごはんとはガスとか包丁とか火とかお湯とか
あぶないものをたくさん使って作るものなのである。
それらあぶないものを使って作り上げられたものの総体を
料理と呼ぶのだ。
要するにものは使いようということか、と関係ないことを考える。

今日はスイスにいってしまった前の職場の板前さんから
年賀状がきていてうれしかった。

仕事帰りにチョコレートのケーキを買った。
メリークリスマス。
ごはんをつくる
12/19 (Wed) 22:38|思考
煙草の本数がとにかくもの凄く増えた。
ともかく献立の記録。

今日の献立:
大根と柚子皮のピクルス
水菜と貝割れ菜とレタスのサラダ大蒜と唐辛子ドレッシング
芽かぶ
えのき茸と葱とたまごのお吸い物
なんかお肉がいるだろうと思って豚肉と葱の炒め物

うちにとってごはんを作ることは大事なこと。
旦那がいるからとか栄養がとかじゃなくて(それもあるけど)
どんな悲しいことやめちゃくちゃなことがあるときも
うどんであろうと焼きそばであろうとなんかつくるのは
頭だけじゃなく生きてることを
地に足をつけて生きることを
自分に知らせて確かめる行為。
全然力強い感じじゃないけど
けっこう必死で確かめてる。
うちが作る気になれないときとかもう全然つくりたくないときは
たいてい頭が加速しててそれどころではない場合が多い。
べつに困らへんけど、うちの場合それが続くとバランスが危うい、
気がする。

うちのごはん作りが、ほかの人にとっては掃除であったり
なんか別のことやったりするんだろうな。

今日もごはんを食べる。
私は生活している。
12/15 (Sat) 22:39|未分類
バイトのこの参加してるゴスペルのコンサートに行ってきた。
今帰ってきてココアをいれてこれを書いている。

ゴスペルと聞いてパワフルなイメージだけが
先行してたんだけど、それだけではなかった。
力強さは勿論あるのだけれども
それ以上にこれは歓びを歌ったものなんだなあ
ということを強く感じた。
あふれる深く強い感情が心のうちにあるとき
子どもなら笑うだろうし
詩人は書くだろうし
ある者は歌うだろう。
これはそういう歌なんだな と思った。
曲目は有名なものばかりで、
「Amaging Grace」「ああベツレヘムよ」「さやかに星はきらめき」
「もろびとこぞりて」「Oh! Happy Day」等等。
なんかわかんないけど途中からなみだでてきた。
いまだ消化しきれない先生の死のことも今聴いてる歓びと
神への賛美の歌の意味も全部ひっくるめてなんか泣けた。

歌と一緒に子どもたちが踊ってた。
会場のお客さんたちも歌ってて、すごくいいコンサートでした。
数日経って
12/14 (Fri) 23:03|思考
先生の死の知らせから数日経った。
かなりふさぎこんでいて心配をかけたので、旦那に先生や夢の話をしてみた。
夢分析ってなんのためにするの?なんでするの?と問われて
それは「なぜ生きてるのか?なぜ恋愛するのか?」と聞かれるのと同じで
ひとことで簡単に答えられない、と答えると、全然理解できないようだった。
答えようが悪かったのだろうか、だってほかにどう答えようがあるのだろうか。
夢は私のひどく大事な部分を占めており
その夢の話を共にしていた先生の死が
私のいろいろな部分に響いているのだということ を、
理解してもらうのは難しかった。

事務所に積まれていた白い花の香り。
扉の向うに見えた先生の椅子。
思い出すたびに悲しく寂しくなる。

わたしは正直人が死ぬことをこんなに悲しいと思うのは初めてだ。
渡されたメッセージカードにはろくなことは書けなかった。
先生にたいして安らかに眠ってください、とは言えない。

化けて出てもいいからなんかお別れを言ってから行ってください、
急にいなくなったら寂しいじゃないですか、先生。
断片
12/14 (Fri) 17:33|思考
私が夢分析を受けていた分析家の先生が亡くなった。
詳しいことはわからない。予約の電話をかけたら、受付の女性から、昨日の夜お亡くなりになりました、と知らされた。
まだ信じられない。眼光強く海千山千、マイペースでやりたいように動いていたあの先生が?亡くなった?
うそでしょ。あんなに鋭い才気をもった強い目の人が死ぬはずない。
なんで死んだの。先生にまだ話してないことが山程あるのに。
勝手な後悔をした。

それで、決心をした。
もう後で話そうとか、これから先があるからいつかわかってもらおうとか思うのはやめよう。先なんていつなくなるかわからない。今つかまえて言わなければ間に合わない。人は死んでしまう。あんな自由に生きていた、何の弱気もなかった先生も亡くなってしまった。
ずっと探し続け、せっかく見つかったのに、次の日にはさよならなのか。ならもっと伝えてわかちあえることがここにあったのに。たどり着いた場所も、いつまでもそこにない。二度と「見つけた」安心なんかするもんか。なぜ全身かけてもっと充実した時間を築かなかったのか。なくなってしまうものだったのに。

失った。
先生という場所、先生との間に生まれる空間、先生という物語、存在。

寂しいです。
手袋
12/10 (Mon) 01:44|日常
仕事忙しいとテンション上がって寝付けない・・・
ぼちぼち暇な仕事やってる時より、がしゃがしゃがむしゃらに仕事やって
やっつけた時が実は楽しかったりする。
今日は遅番でした。最近夜遅く帰ってくること増えた。

コンポが壊れてMDが聴けないので昔録音したやつを何ひとつ聴けず
買い換えようかなとか
ベッドも買わないとなとか
椅子も2脚足りないんだよなあとか
思いつつ何も買えてないなあ。
やりたいことはいっぱいあるんだけど
予期せずやれちゃっていることもあるんだけど
必要なことはできてなかったり
もうちょっと時間をうまく使わなくっちゃ。

雪が降るといいな。
ボンボンのついたもこもこの手袋を買った。
再び父の話
12/08 (Sat) 10:32|思考
この間、父の話とタイトルを書いたまま父の話をし忘れていた。

「息子がいたら俺は殺されていただろう。娘だけでよかった」
父のせりふである。
そう言っていたと母が電話で話してくれた。
父はあれで自分でも解っているんだなと、二人で話した。

何度か殺そうと思ったことがあるし、殺されかけたこともある。
ニュースで流れている親子同士の殺人事件は人事ではなく
私がそうならなかったのは何らかの恵まれた点があっての
幸運なのだと思っている。
今こうして普通に書けていることからわかるように
過去の話だし、今では父に憎しみはない。
ゆるしているというわけでもなく、ただ何となく
父が父でなければならなかった悲しみが理解できるような気がしている。
嫌悪と理解は共存しないが、深い憎しみと理解は共存することを知った。
傷や思い出したくも無い色々を含めて
与えてくれた物事すべてに感謝している。
二年くらい何の連絡もとってないけど、
落ちぶれてホームレスになったとしても強靭に生き延びていそうである。
ただ最近自分で会社を立ちあげたと聞いたので
まだhomelessにはなってないと思う。
でも、いつかなるんじゃないかとつい思ってしまう。
ホームレスでなくとも、父は帰る場所の無い人だ。
いや、無いというより、あるのに自分で破壊し続けてきたのだ。
そうするより他にどうしようもなかったのだろうと思う。
ふつう人は自分の中に猛獣を飼い馴らしているものだが
父は猛獣に鎖をつけることも馴らすことも知らず、
自分が主人であることも忘れて
獣が人を食い荒らすままにしておいた。

気質的に父の血をひいている自分がhomeを作れるのかどうか
今でも不安に思うことはある。たぶん父方の遺伝が強いのだ。
でもその度に思いなおす。
問題はもともとの気質よりも、何に意識を傾け、何を意志し続けるかだ。
私は自分の猛獣をつないでおく。危険だが美しい乗り物として。
私は私の主人だ。

さて、焼きそば作ろ。
行楽
12/02 (Sun) 09:26|思考
今日は昨日考えてたことについて考え直す。
行楽は行楽なんであって自分の大切ななにかとは
カテゴリが違うんだ、というようなことを。
行楽は行楽として楽しむべきなのであって
そこに何か違う期待をされてしまっても
行楽もしょうがないんじゃなかろうか。
おせちにお好み焼きと違うじゃないかと言ってるようなもんだ。
というわけで私がまちがってました。
しかしささやかな散歩とかを増やそうと思ってるとこは
まちがいではないのでして
散歩コースを開拓する予定です。

今日も遅番。
クリスマスリース
12/02 (Sun) 01:32|日常
今日は遅番だったので帰宅したら夜12時でした。
ごはんは旦那ちゃんがつくってくれたのでした。

大根と水菜と貝割菜のサラダ
豚肉とセロリの唐辛子炒め
ピリ辛冷奴

なんか眠るのもったいないので書く。
今日はばらの苗が届いたのです。どんな花が咲くかな。
わくわく。
でもばらは難しいらしいのでちょっと勉強せんとならん。

寝るのもったいない、と言って置いてなんですが
最近よく寝るようにしてます。
今日は遅番だったから朝9時くらいまで寝た。
さらに昼寝もした。
やっぱり寝ると調子がよいのです。
寝て疲れる日もあるんだけど、どういう差があるのかな。

クリスマスリースをつくりました。
といってもとても簡単なもの。
金のリボンと茶のまつぼっくりでまとめたリースと
柊の葉のワイヤーに赤いきらきらの林檎と
金色の円いボールをつけたのとで、ふたつ。
クリスマスカードも作りたいなあ。
街がキラキラのツリーで飾られてるのや、雪の結晶のモチーフが
吊るされてるのや、そういうのを見るとわくわくするのです。
クリスマスに別になにも特別なことをするわけじゃなくっても、
そういうの見ると楽しい。

楽しい、といえば
昨日高台寺に紅葉を見に行って、とっても綺麗な景色を
眺めてきたのですが、ほんまに綺麗やったのですが
うちは誰もが嘆息し行楽として見に行く美しい景色より
静まり返った近所の公園のベンチで
孤独な時間を持て余しながら見る落ち葉の色や
安い缶コーヒーのあたたかさ、
夜の凍える白い息の中で見るささやかな星、
そういうありふれたもののほうがなぜか
大切なものとして心に残るようだなあと、思ったのでした。
それで、近所を散歩したり公園に温かいお茶とチョコレートを
持っていったり、そういうのをもうちょっと増やそうと思った。
水筒、買おうっと。軽食を入れるバスケットもあるといいな。
行楽に出かけるのはそれはそれで楽しいんだけど
今は疲れるんですね、
豪華すぎて重たい食事みたいなものなんだろうか。
なんかそんなことを考えたんでした。

さて、寝よう。っと。





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