背日記


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何事もなく
04/29 (Tue) 18:37|日常
あたたかい一日。
仕事からの帰り道、夕日の照り映えるアスファルトの横の植え込みに
つつじが咲いている。懐かしい気持になる。
小学校のとき、登校路にある川に沿ってとてもたくさんのつつじが植わっていて
毎日つつじを見ながら登下校していたからだ。
私の通っていた小学校の校章は川とつつじの花のもようだった。
校歌にもつつじの花が歌われていた。
今思うと、なぜあの区域にあんなにつつじを植えたものだろうか
と思うけど、街の計画をする人の中につつじ好きな人がいたのだろうか。

つつじの花を見ながら帰っていると
なにかしたいことがあるようななんにもないような
たのしい気持ちになった。

あのころの私の遊びってなんだったっけ
帰って今日図書室で借りたばかりの本を読むことと
家の裏の川の土手に木材積み上げて秘密基地をつくること
川の砂州に生い茂る背丈より高い菜の花の中に好んで迷い込むこと
地面に埋まってるガラスの塊を掘り出すこと(ほんとに裏庭に埋まっていたのだ)
ひとなみに蝉やばったや紋白蝶を捕まえたりもしていたけど、
人と遊ぶのは不得手でした。

いま、なんにもしないで座って川とか菜の花とかひめじょおんとか
なずなとかカラスノエンドウとかかまきりとか
風に揺れるきりん草とかそういうものをただあのときのように無為に
見ていたい気がしてます。
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香菜
04/27 (Sun) 18:25|未分類
20080427182515
花が咲きました。びっくりして写真にとりました。
自由
04/26 (Sat) 20:25|
鈴木大拙の『東洋の心』を読む。
この人の著書にはキリスト教に対してわりに苛烈な批判があるが
それにもかかわらず自分とのずれがあまりないなー、
うちキリスト教畑で育ってるねんけどなー、
と思いながら読んでいて、自由について書いた箇所を発見した。
ここを学生時代、卒論書く時に読んでいればよかった……。
卒論は「自由について」書いたのですが
そんときはベルクソンとかフロムを引き合いに出した覚えがあります。
あとはカール・ロジャーズです。
しかしベルクソンなんか完全に理解できてないのに引き合いに出してたので
意味なかったです。フロムはおもしろかったけど。
これは講義録で非常にわかりやすいです。
そんで英語の解る東洋人が書いているところがよかったんやと思います。
英語で自由をいうとフリーダムとかリバティになるのですが
これは拘束する外的条件からの解放というような意味合いになるそうです。
しかし日本語ではこれにあたる語はもともとなく
強いて仏教用語から、おのずからの本性を意味する『自由』
という語を使った、ということで、それを知ってやっと、
「そうか!そういうことか」と自分の中での
自由という語に対する微妙なズレ感が修整されたんでした。

西洋でいう「拘束する外的条件からの解放」的なニュアンスの自由いうのは
なんかうちの考えの中の自由というのとは違ってて、
そのへんを説明できないままにいろいろ論じてたので
論がどこへ向っているのやらわからんくなっていたのです。
うちが論じたかったのは東洋的な意味合いの自由やったんです。
しかしその目指してるとこすらわからんくなっていました。
我が卒論完全に失敗してます。

鈴木大拙のいう東洋的な意味合いの自由というのは
「拘束の中でも生きている自由」とでもいうべきものです。
ちょっと言い方違うかな。拘束を拘束と見なさなくなる自由さ、といったほうが
正確かもしれません。
拘束を外された精神状態が自由かというとちょっとちゃうぞ
と書かれています。
逆に自分に縛られるので。
「フリーダム・リバティ」を自由として求める人もいるなかで
「その人の自由とうちの自由の意味するとこはちょっと違うなあ」とは
感じていました。
が、明確にそれを言葉ではいえなかった。
その違いをどんぴしゃでこの本で言ってもらえてすっごいはっきりしました。
同じ言葉でも指しているものが違うことがあり
まして目に見えない観念を意味する言葉やと難しいなと思いました。
言葉を無意識に使ってると誤解のもとにもなる。

そんな発見があったのでこの本を読んでよかったです。
04/26 (Sat) 16:00|お出かけ
25日は梅干読書会の日でした。
新メンバーさんがはいってくれてこれで梅干読書会も4名となりました。
お題小説と、自分の死亡記事とが宿題になっていたので
やっと間に合わせる。
小説のほうはお題にひきずられて無駄なシーンが増えてしまったので、
ちょっと後悔が残る出来。お題はメタボ・桜・黒ゴミ袋でした。

読書会終了後、じつは結婚記念日だったので、旦那ちゃんと食事に行きました。
一年前披露宴をした小さいレストランへ。
そこの2階はファリンヌドールという名前になっていて
フレンチなんて庶民の私はふだん行かないのですけど、
ここではわりとカジュアルに食べられます。
ホロホロ鳥やお野菜も美味しかったけど、最後のデザートにはうれしさを隠せない私。
カンパリとグレープフルーツのソースのかかったプリンがほろ苦くて
おいしかった!魔法のような組合せでした。

それにしても、もう一年、早いです。
置き土産
04/25 (Fri) 16:06|日常
前から朝出勤するとき、ドアのところにビールがたくさん入った袋がかけてある、
ということが二度ほどあったんだけれど、犯人はチーフでした。
昨日のみに来てくれて真相が発覚した。

チーフは早めに仕事が終わるので、いつも帰り道に行きつけのお店で飲むんだけれど
そのとき、自分だけ飲んだら悪いなあ、K(うちの旦那ちゃん)はまだがんばってるしな
と思って思わず、ビール買っておいていってしまったんだ、と説明してくれました。
酔ってはったんやな、その気持ちだけでじゅうぶんうれしいです。
そんなわけで今家にはビールがやまもりあります。
毎日は飲めないし、冷蔵庫にはいりきらないので
昨日チーフに来ていただいて少し消費しました。
当分お酒に不自由しません。

最近、あったかい日に道端でねこを見ることができるようになってうれしい。
なんで見てるだけでうれしいのか我ながらわからないくらいうれしい。
もうほんとにねこがこの世に存在してるだけでよろこばしい。
理由はわからん。
好きってそういうことなのかも。


悪女期
04/22 (Tue) 09:57|日常
最近頭痛するし疲れやすくて調子悪い、
いつもなら全然気にしないことがすごくひっかかるし、
怒りの沸点がすごい低くなっている。
夜中に遠出してひたすら歩きたい、という衝動が起こるし
自分おかしいなと思っていたんですが
やっぱりどうもPMSらしいです。
個人差はあれど女子の80%にPMSはあるそうで、病気ではない。
PMSについてきちんと書いてあるサイトを見つけた↓
http://homepage2.nifty.com/maika_/pms/

淑女期と悪女期というものが(すごい名前)あるらしく
今悪女期にあたる、みたい、です。
空腹になって血糖値が下がるとアドレナリンの湧出が起こって
攻撃性が高くなったりいらいらしたりするので
3時間おきに炭水化物(クッキーとかシリアルとか)をとるといい、など、
参考になりそうなことが書いてあった。
でも仕事中にものは食べられないな・・・
今回そこまで重くないのが幸い。

とりあえず食べれる時はすこしずつ炭水化物をとって
よく寝ましょうということです。

旦那ちゃんにもPMSですよーと伝えておきました。
たいてい大変なのは旦那ちゃんなのだ。

いい天気。
ともだち
04/20 (Sun) 10:26|日常
昨日、ひさしぶりに大阪からHちゃんが来てくれたのでお茶しました。
NPOの協力を得て学習が苦手なこたちのための
開放型の学習ルームをつくる、とのことで
いっしょにホームページをつくっていた。
うちのレベルで作っているので
原始的なホームページになってしまったが。
微力な協力しかできずすまんです。
それにしてもHちゃんはいつみてもおもしろそうなことをやっている。
京都駅まで送っていったら、台湾からきたというご婦人が重いトランクに
難儀しているのを、まるで呼吸でもするようなさりげなさで持ってあげたりしていて
そのあまりの自然さに感動する。
わたしのともだちはすてきだ。

今日はいい天気!
せっかくの休日なので、どこか出かけよう。
タイトルなし
04/17 (Thu) 07:08|未分類
ドイツで仕事をすることになって旅立つ年若い友人がいて、この間ささやかな送別会をしました。
ドイツ、いつか遊びにいこうと思ったりしています。ユング研究所もあるし。
寂しいけど、更なる活躍を祈る。

この間はチーフがお漬物をお裾分けにもってきてくれたので、一緒に缶ビールで飲みました。そしてチーフはお漬物と大量のビールまでもおみやげに置いて帰っていってくれたのだった。
なんだか最近いろいろ戴いちゃっているな。
そして最近飲み続きだな。

今日は雨。
言葉
04/16 (Wed) 20:53|日常
何ということもなく日記を書いてみる。

言葉は何かを殺してしまう、と誰かが書いてたのを思い出した。
もっと洗練された言い回しやったけど忘れてしまいました。
誰の言葉だったのかも忘れてしまいました。
言葉に置き換えると死んでしまうものがあるのだ
ということを朝出勤のときにふと。改めて思った。
今朝木に咲く白い花を見て感じたことを無意識に頭の中で
習慣のようにありふれた書き言葉に置き換えてしまったのだけど
そうするとほんまに感じていたものは消えてかすかなものになってしまったのでした。
それは清冽な何かだったのだけど。

同じようなことは夢を言葉にしようとする時にも幾たびも感じた。
言葉という道具で世界を再構築しようとしてるのに近くて
でも、言葉じゃ足りない。ただ骨組みや手がかりがところどころに
つぎはぎのように遺るだけ。
あるいはまったく別のものが完成してしまうだけ。
言葉を尽くすほどに、掴み潰すまいとする何かをよごしているような
徒労感に襲われるのに、言葉にすることをやめることができない。

何なのだろうなあ。

書かれた言葉を通じてしか世界を理解できなかった小さい頃の
自分に向けて書いてるような気がしなくもない。
その頃の自分に解らないと意味がない気がなぜかいつもするのだ。
小さい頃ってわけのわからん宇宙にいきなり産み落とされたみたいな感じで
何が原動力になって周りの人や世界が動いてるのかよくわからんかったから
ガイドブックや地図を読むように本を読んだ。
読んでも読んでも理解はできなかったけど。人間てどういうのなのか。
異邦人のように周りの人を観察したり感情表現をまねしてみたりしていた記憶がある。
子どもって、世界のルールがわからんから。
今になってちょっとわかる気がしてきたから、
ちっちゃい頃の困っていた自分に世界を翻訳して教えたいんかなあ。
それはとても不可能じゃないかという気もするんだけれど。

そういえば十代の頃山本周五郎の小説が好きでした。
あたたかくて、人間らしいかんじがした。なんか安心した。
忠実な世界の翻訳も、いいけれど、
こういうありそうでないもの、全然ないけどありそうなもの、
を書くのも、いいなと思った。

とりとめないけど、そんなような
ことを思いました。
雨とお茶
04/13 (Sun) 21:02|日常
昨日空気が露っぽい、とか書いてたらほんまに雨降ってきた。
そのせいか頭痛が続き、30%元気のないかんじに。
視界が30%狭いかんじになるのだ。

帰って来て寝たらややましになりました。

今日は生食用のほうれん草を入手したので、ほうれん草のサラダをつくります。
ベーコンと合わせるのが一般的だけど、今無いので、鶏と大蒜とゆでたまごを合わせるつもり。
あと、豚キムチともやしの炒め物です。なんて簡単・・・
うちのもやし炒めは、油を熱したところに大蒜と唐辛子をちぎって入れて
香りが出たところにもやしを投入するというものです。お醤油をたらしておしまい。
辛いけどおいしい。
そういえば豚キムチは焼肉のたれを隠し味に入れるとおいしい、
ということをNさんに聞いたんだけど、まだやったことがない。
やろうと思いつつたれを買い忘れました。

雨の日はなぜかお茶を飲みたくなる。
もらいものの龍井茶をのむ。龍井と書いてロンジン、と読むそうです。

塩加減
04/12 (Sat) 21:39|思考
今日は空気が露をふくんでいるみたい。しめやかであたたかくて雨の日みたい。
しかしへやの窓も開けてないので外はちがうかもしれない。
昔の歌を聴いているのでそう感じるのかもしれない。

髪の毛をカプチーノスフレという色にしてみた。
ふつうの落ちついた茶。それより長くなったので本当に色々なものにはさまる。
とはいえ髪の最長記録をつくるのもおもろいかと思いまだばっさりとは切りません。

夜も更けてはだ寒くなってきた。
茄子の素揚げ甘酢浸し、ポテトサラダ、大根と貝割れ菜のサラダなどをつくる。
今日のテーマは野菜です。お肉買い忘れました。

BIG ISSUE
04/09 (Wed) 19:40|
今日は仕事が楽しかった。
このあいだ、忙しくなってくるとたのしいねー、とこないだバイトの子に言ったら
頭おかしいですよ!と言われてしまったけども。
おかしいですか。
基本的に仕事は好きだ。接客が好き。前の仕事も、労働時間は長すぎたけど
仕事自体は好きだった。
お客さんの顔がじかに見えるし、レスポンスもわかりやすい。
いいボールを投げるといいボールが返って来やすいし、
悪いボールを投げると当然いいものはなかなか返ってこない。
いつもいいボールを投げたいと思ってるけど、体調だの気分だののバランスで
どうもそういかないときもあったりして、スポーツにも似てるかなと思う。
いいボールって、言葉を丁寧にして
マニュアルどおり正しく行動するってことじゃなくて
いやもちろんそれも基本できていないといけないけど、なんか。
自分全体の空気とか、表情、声の色とか、そういうもの。
コントロールできるようでできないし、できないようでできるもの。
それは「状態」
そういうものが人にちゃんと伝わっていることが、接客やと
すごくわかりやすく見えるのがおもしろいなと思う。
いつもいつでも楽しいわけではないけど、今日はなんだか楽しかった。

上機嫌で自転車でふらふら帰っているとき
キャバクラ勧誘員さんに「キャバクラ興味ないですか」と問われた。
河原町のそのへんではそういう勧誘がすごく多い。よっぽど人おれへんねんな、
それにしてもキャバクラ勧誘員てどういう人がやってんねんやろ、
と思いながらきげんがすごくよかったので、にこにこと「ないです!」と言って帰って来た。
その途中の交差点の信号待ちでBIG ISSUEを売っているホームレスさんを見つけて
いいタイミングだったので一冊買い求めた。ずっと買おうと思っていたのだけど
出勤途中で急いでたりして今まで買えてなかったのです。
「ありがとうございます!お気をつけてお帰りください!」と、
まだ若きホームレスさんは雑踏の中で、ほんとうにうれしそうにでっかい声で言った。
なんか買ってこんなにうれしそうなありがとうを言われるなんて、私のほうがありがとうだ。
帰って来て読んだ。
最新号ではなく、ノラ・ジョーンズの表紙のもの。
谷川俊太郎のコラムが載ってるので、おお、と読んだ。消費される言葉について。
ただずむ言葉、走り去る言葉について書いてある。
読み応えある。
また買お。

ノート
04/08 (Tue) 22:41|夢記録
夢分析のノート、実家に置きっぱなしになっていたのを
持ち帰ってきたので、久々に見直してみる。
分析を始めたのは2002年くらいやとなんとなく思っていたけど
正確には1997年からやったということがわかった。
記録は97年から、本格的に分析を始めたのは98年からのようだ。
断定じゃないのは、97年の記録ノートを紛失しているから。
紛失しているというか、棄てられてるので無いのです。
それでも厖大な量のノートに我ながら驚く。
今年で10年夢にかかわっていることになるのだなと思う。
持ち帰ってこれたのは98年から2002年までのもの。
当時の古いパソコンのテキストを印刷しておいたのが残っているが
印刷していなかったら消えてるだろうな。パソコン自体はもう壊れて無い。
昔の自分の頭の中を覗いている気分。
稚拙だったり、鋭かったり、ものすごく真面目だったりする。
やけくそだったり、正面からぶつかったり、必死でバランスをとろうと試みたりしている。
とにかくいえるのはずっと必死で書いているということだ。
真剣にやってたので当たり前といえば当たり前なんだけど。
読み直してもう一度色々検証してみよう。
昔の失敗から学べることもあると思う。
はまち
04/07 (Mon) 17:33|未分類
20080407173344
大阪の実家にて激写。はまち。顔が年とったけど元気そーだった。
最初こたつで寝ていたらしく、名前呼んでも姿が見えなかったけど、いつのまにかでてきたらしく足元に座っていて、こっちを見上げてにゃーと鳴いた。
うちのこと覚えてるかな。写真は毛づくろい中。
04/07 (Mon) 17:26|未分類
20080407172631
嵐山で昨日撮ってきたもの。
テスカポリトカ、事件記者コルチャック
04/03 (Thu) 20:55|夢記録
テスカポリトカ

このあいだ夢に見た黒豹の頭をもつ男は
アステカ神話のテスカポリトカに一番似てるかもしれないな、
とちょっと考えている。上の画像は黒いテスカポリトカの姿。
テスカポリトカは呪術師、魔術師の守護神でもある。
右足の無い夜の闇の神だ。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%86%E3%82%B9%E3%82%AB%E3%83%88%E3%83%AA%E3%83%9D%E3%82%AB

魔術師だった私が戦いの後、猫に変化して生き残り、結婚して平穏に暮らしていると
攫われて人間だった時の名で呼ばれる、という夢をみたことがある。
この夢について、亡くなった先生とはかつて一緒に語った。
その先生がこの守護神について教えてくれるとは。
何か一致点があるような気がして気になる。
ちなみに私は昔から右足が無い、切れている、という夢を繰り返し見てきた。
自分の猫の右足が無い、という夢もあれば、自分の右足が無い、という夢もあった。
関係性はあるようでない、ないようであるような。
下の絵はテスカポリトカの別の姿、テペヨロトル。豹の姿をしている。
テペヨロトル


この神はトリックスター神で、生贄を要求する残酷で気まぐれな神だ。
そういえば「事件記者コルチャック」というアメリカの特撮ホラー番組の
確か第13話「心臓を抉るアステカのミイラ」で
テスカトリポカを崇拝する戦士ナナウシンを蘇らせようとする話があった。
それはこのアステカ神話が元ネタになっていたんだな。

テスカポリトカの祭祀には若い男性が選ばれ、祭りまでの一年間、
彼は8人の従者をつけられ、
何でも望みどおりの神のような生活を送る。
神の如く崇められて、祭祀の当日男性は自ら神殿の階段を昇る。
神官はその胸を切り裂き心臓を取り出し太陽への生贄とする。

「コルチャック」では、事件記者コルチャックの介入により己の心臓を捧げようとする若者が
思いとどまる、という筋になっていた。
ちなみにこの番組はXファイルにも影響を与えたとされるカルトな人気のあった特撮ホラー番組。
wikiで検索するとこのようにわかりやすく紹介されてました↓

「冴えない中年事件記者コルチャックが編集長のヴィンセントに怒鳴られながら
取材に走り回るのだが、彼の関わる事件はなぜか怪物や心霊現象のからんだものばかり。
切り裂きジャック、亡霊、狼男、ゾンビ、吸血鬼、果ては宇宙生物までが、次から次へと登場する。
コルチャックは果敢な行動で事件の真相をつきとめ、
随時テープレコーダーに吹き込んだ取材経過を、タイプライターで記事に起こすのだが、
あまりにも常識の範囲を超えた内容のため、いつもボツにされてしまうのだった。」

話はそれたけど、人間の心臓を要求するのだから相当怖い神だといえると思う。
「心臓」を象徴的表現だとしても、相当なものを要求してくる神である。
君たちの心臓をおくれ、代わりに・・・というんだから
キリスト教宣教師たちによってこの神が悪魔とされたのは頷ける気がする。
でもまだ私、ネットで調べた程度なので、もっとちゃんと調べないとよくわからない。
テスカポリトカは太陽神であったこともあるので、光と闇を併せ持つ複雑な神やと思う。
夢にでてきたのがこのテスカポリトカであったかどうかは解らない話だが
興味がでてきたので今度図書館でアステカ神話の本を借りて調べてみようと思う。





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