背日記


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本の注文をする
11/30 (Sun) 21:56|日常
aruto.jpg


今朝は冷え込んだ。
アントナン・アルトーの本を注文する。
『ヴァン・ゴッホ』

昨日読み直してたR・D・レイン『わが半生』にアルトーの名前が出てきた。
引用されてたアルトーの『ヴァン・ゴッホ』からの一節に
ひどくぴったりと自分の思考が沿うので
読んでみようと思ったのです。
本が届くのが楽しみ。

今日の晩ごはん:トマトと大蒜、えのき茸と豚肉のパスタ
何かやっぱり食欲がないなあ・・・

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ブックカフェ
11/26 (Wed) 21:23|お出かけ
ブックカフェ

こないだ六角高倉にあるブックカフェTRACTIONへいってきました。
ブックカフェとゆうからには本だらけなのかなー。と思ったけど
入ってみるとそういうこともなくて
小ぶりの本棚がひとつあるんです。こぢんまりと落ち着ける空間でした。
夜はお酒も出しているみたい。
ソファ席に赤いトナカイ柄の毛布がおいてあってかわいかった。

うちはマチェドニアをたのみました。
フルーツのシロップ漬けみたいなやつ。
ボウルのシロップにフルーツが浸かって出てくるかなとなんとなく思っていたら、
パフェみたいにかわいらしく盛られてでてきた。
あまさ控えめです。
Tさんと行ったんだけれど、話がつきなくて「時間がたりないよ」と思いました。
語り明かすとかね。あたりまえだけど、できなくなりました。

roudoku.jpg

Tさんに、朗読小説がつまったCD-ROMをいただいたので、
出勤途中に聴いています。この手描きサラリーマンがかわいすぎる・・・
朗読って朗読している人の声質がとても気になる。
それぞれの物語を朗読する人々の
声を透かし見るようにして聴き入っています。
朗読を聴くっておもしろいな。
エモーショナル・ドローイング
11/22 (Sat) 00:43|お出かけ
京都国立近代美術館へ絵をみにいきました。

「エモーショナル・ドローイング」
12月21日(日)までやっています。
マニュエル・オカンポ、ホセ・レガスピ、奈良美智など
アジアのアーティストの作品がありました。

レイコイケムラ: ものすごくルドンを思い出した。オディロン・ルドン・・・
二本の木が並んで風に吹かれてる絵を見て「女の人の絵かな」と思ったら
やっぱりそうだったのでちょっと驚いた。
女の人の、内面的なブログを読んでる感じの印象を受けた。エモーショナル。

キム・ジュンウク: なんだかよかった。
ブラックな宗教画みたい。聖母マリアのようなポーズの女性を描いたものがあるのだけど
膚や髪の質感はまるで陶器のお人形みたいで、ぱっくり空いた暗黒の眼窩から涙を流している。
否定的というんでもないし、肯定的でもないし、なんていうんだろう。

ホセ・レガスピ: ホセ・レガスピの作品の展示場所に入っていく時は
危ない人の心の中にうっかり入ってくみたいだと思った。
高校時代、連続殺人者のプロフィールを集めた本を読んだときの感じに近い。
でも絵がダイレクトにエログロなだけに感染性がなくて、危なくはない。
無力感を感じた。私の中に、ではなくて、絵の中に。

ジュリアオ&マニュエル・オカンポ: なんか、いろんなものと遊んでいる感のする絵だった。
よくわからないんだけど、めっちゃつきぬけてる感じ。
楽しそうで自由なかんじがする。

ほかにもいろんなのありました。
すし詰め状態のバスに乗って帰りました。
これから三連休なんだった。紅葉シーズンやし
明日からの仕事、気合入れて頑張ります。

低空飛行
11/20 (Thu) 22:59|日常
風邪の一歩手前っぽい感じがずっと続いてるかんじです。
調子が悪くなるたびにレモンの芳香浴やらフットバスやら温湿布、
しょうが湯とビタミン剤、無理やりとる睡眠やらで食い止めてる感じなんですが
じわじわときてます。
仕事場のほとんど全員が風邪ひいてるので、いつうつってもおかしくないんだけど
できるならこのままひかずにおさめてしまいたいところです。
吐き気にだるさに頭痛っていう微妙な具合の悪さがたまりません。
いっそ屈服して風邪ひいちゃったほうが症状が展開して楽になるんじゃ・・・少なくとも
何が原因で調子悪いのかはハッキリする、とか思いながらも
なぜか予防の手は打つ私でした。
この低空飛行な感じで戦いつつかいくぐっていきます。

そんなわけで食欲もないので食事をつくる気力もうせています。
なんかこの義務感でものを食べる感じが
子どものころとおんなじで微妙に懐かしいです。
ちっちゃい時てごはん食べるのめんどくさくなかったですか?
ものを食べるのが憂鬱っていうか
(なんで食べなあかんのやろ、口動かすの億劫やし・・・
早く終わらせて本読みたい)な感じです。

ごはんの時間が楽しみになったのっていつからだっけ。
「ごはんはめんどくさい」→「ごはん楽しみ」
この変化って、生きるってことに対する根源的な変化な気がするんだけれど
いつのまにか通り過ぎてた。

眠くなってきたので寝ます。
おやすみなさい。
牡蠣
11/18 (Tue) 22:27|今日のごはん
スーパーで牡蠣を見かけて、冬だなあと買って帰った。
牡蠣についてはおぼろな記憶がある。
祖父母の家は海の目の前にあり、祖父は船を出して家族がたべるぶんだけ漁をしていた。
小さなころ、祖父と父のとってきた牡蠣を食べた記憶がある。
山のように積み上げてある殻つきの牡蠣を、殻ごと大量のお湯の中に投下し
茹であがったところをすばやく引き上げて殻を箸で力まかせにこじ開けては
お醤油にきりりとレモンを絞ったのをかけてたべた。
牡蠣は冬になると身が締まっておいしくなる、と祖母が言ってた。
荒れた冬の海は冷たい。
灰色の空の下、祖父が岩場で牡蠣をとっているのを、寒そうだなあ、と思いながら見てた。
小さい頃はあまり牡蠣を好きではなかったけど、今は好き。
今日はポン酢にひたしてたべました。

昨日はなぜか眠れなくて、今日二時間だけねむって仕事にでかけた。
変な感じ。ちっとも眠くならない。
食欲もあんまりない。
今日は眠れるかしら。

日常
11/14 (Fri) 22:47|今日のごはん
最近休日のたびに病院通いをしている気がします。もう病院はいやだ。
ともかく脳腫瘍なんかの心配は無い、ということが最近わかってまずひと安心。
プロラクチン値が異様に高いのは薬剤性のものらしくて
要は常用していたお薬の副作用だそうです。

もう病院に行かなくていい!と思ったら風邪をひいたっぽいです。
休日を前にして今、頭痛が。
でも病院行かない。行かないで治す!

今日の献立:
鯵の塩焼、芽かぶ、サラダセルリとレタス・トマトのサラダ、大学芋、お粥

『パンク侍、斬られて候』(町田康)
『手紙』(東野圭吾)
『レインマン』(リアリー・フレシャー)
読了。

次何読もうかなあ。

少女の夢
11/13 (Thu) 21:51|夢記録
昨晩の夢。

 私はある人物からある幼い少女を預けられる。それはこの世の秩序を破壊する力をもった少女。
私に少女を預けた人物は、暗躍する政治家だった。
彼は言った。この世はすべてゲームだ。この世はすべて虚構だ。
怖がることも動じることもない。虚構を壊すものもゲームのツールにすぎない。
彼が連れてきた可憐な少女は、彼がつくりだした生けるロボットだった。
彼は言った。「君たちには我々が都心を制覇する間おとりとして存在してもらう」。

自分が駒のように利用されることに反発を感じたが
幼い少女を彼のもとに置き去りにすることができず、私は少女の手をひいて立っていた。
彼らの作り出す構図から逃げ出してやる、と思った。
少女はじっと私と彼を見くらべて黙っていた。そしてわたしの心の動きを読み取ったようだった。
少女は部屋の中の男が目を離した隙にに私の手をひいて部屋の外へ出、
ぱたんとドアを閉じた。ドアの鍵がかかった。
少女は大きな目で私をじっと見上げた。
 部屋の中から男の声が追ってきた。「逃げようというのかね・・・いいさ、逃げるがいい。無駄だがね」
 私は少女を連れて階段を駆け下り、逃げ出した。

 私と少女はある人物をたずねて広原へ向かった。
そのひとは羊を見守る旗のように穏やかに、野原に立っているはずだ。いつもそうだったから。
しかし、そこには彼の姿はなく、あるのは張り巡らされた垣根だけだった。
 道中で私は人に「彼」の消息を尋ねた。
そこで「彼」が今は死んで地面の下にねむっている、ということを聞かされた。
私は心から言った。「そのほうがいいんだ、私にとってそのほうがはるかにいいんだ。
あの人がほかの多くの人の目に触れ、ほかの人の思いによごされるのを見ているくらいなら」
 私は自分のあまりに深い安堵のために、自分が彼を愛しすぎていたことを知った。
だが私の愛は彼にふさわしくはなかった。私の愛は利己的だった。
 「彼」は自分が多くの人のために存在していると知っていたし
そのために倒れることを知ってもいた。そしてその運命から逃れようとはしなかった。
 私の愛は彼の運命を肯定することができなかったが、彼は自身の運命を肯定していた。
 私は彼が(自分をふくめた)世人によごされるのを懸念したが
彼は決してよごされることがなかった。
 彼は私にとってキリストだった。ほかの多くの人にとってもそうだったように。

 さて、私は「彼」の保護を求めて少女とともにやってきたのだったが、
彼はもう死んでいるとのことだった。
 しかし私はなぜだか、あてをなくした、という気持ちにはならなかった。
 安堵が私の心にあった。私は「彼」が埋まっている地面にじっと目をやった。
 そしてきびすを返して港へむかった。
 私はそこで少女と海をながめた。きびしい冬の風が吹いていた。
 私はたあいのないことを少女と話した。
 あの海の上に飛んでいるのは、かもめ。あの浮かんでいるのは、ふね。魚を運んでいるのよ。

 ホテルの部屋に戻ると、少女を連れていた女はベッドに入り、次の朝に息絶えた。
 目覚めた少女は起き上がって隣の女の顔に見入り、平静に言った。「ママ、死んでる」
 少女は知っていた。死は彼女の望みだったことを。

 少女はもともと庇護される必要がなかった。
逆にいわせてもらえば、少女が「ママ」を保護していたのだ。
少女の力は「ママ」をはるかに上回っていた。
 少女に「ママ」が与えられたのは、少女を庇護させるためではなかった。
少女に庇護すべきものをつくることで、少女に足枷をつけることが目的だったのだ。
 ママといる少女は、わざわざ切符を買って電車に乗り、
歩いて道を越えねばならなかった。一人だったら空をとべるのに。
追手から逃れるためにママと少女はいろいろな所に隠れて息をひそめねばならなかった。
ママを守るために。一人だったらいっぱい殺せるのに。しかし少女は弱きママを愛していた。
 しかし今や足枷は外れた。
 少女は一人だった。

 ひどく印象の強い夢。
 
レッドクリフ
11/04 (Tue) 01:50|映画
仕事帰りにレイトショーで『レッドクリフ』を観てきました。
正直いうと観る前はあんまり興味がなかったのだけど、
たいへんおもしろかったのでとても満足して帰ってきた。
小学生の時父親の持っていた三国志を読もうとして挫折して以来
「うちは三国志はあかん」と思っていたんですが
映画観たら、「おもしろいやん!なんで挫折したんやろう・・・」
と思いました。
かつて歴史好きの父親から「歴史ものからは処世術も戦術も学べるから読んでおけ」
と三国志を勧められた記憶がありますが、勧められたから逆に読まなかったのかもしれません。
歴史ものには故意かというくらい手をつけていません。
そんなわけで三国志について何にも知識のない私ですが
いっぱい人物が出てきても、一人ひとりのキャラがはっきりしてて筋が通ってるので
混同しなかったです。
わかりやすい。あとあんまり無駄なせりふもない。
三国志を読もうという気持ちになりました。
もうそろそろ読んでもいいだろうと思います。

11月にしてはまだまだ暖かい気がする。
まだ暖房を使っていません。

みかんを食べる。





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