背日記


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うまれました
10/31 (Sat) 19:16|出産
28日、退院してきました。

21日の朝に破水して、産院へ連絡。とりいそぎタクシーで病院に移動。
まず一発目に印象的だったのは、入院先の部屋で荷物を開けてたら、
旧友から電話があったことでした。
「妊娠したのー」
このタイミングでこのニュースかい!?と 破水とかより
そっちのほうにびっくりした。
部屋のソファでタオルをにぎりしめて浮足立つわたし。きょとーんとする夫。
意外に冷静にほのぼのと状況を話す友人。
妊婦のお腹をさすると妊娠するってジンクスがあるのですが、
彼女もお腹をさすった一人。
彼女と一緒に遊びにきてた女の子も最近妊娠が判明したところ。
二人とも予定日は同じくらい。
うつったのか…?

産前、陣痛ってどれくらい痛いのかなあと思っていました。
同じ痛みでも人によって感じ方が違うはずなので、
個人差はものすごくあるのだろうけれど。
私的には、あれは神経を針で刺されて掻き回されたりするような
鋭い痛みではなくて、無理やりに急速な切迫感と質感をもって迫ってくる
どす重く鈍い種類の痛みだった気がする。
助産師さんがやさしくて救われた。
陣痛室で陣痛の強さやこどもの心音をモニタリングするのですが、
「相当痛いはずなんですが、余裕ですね」と助産師さんに驚かれた。痛みには強い。
無言で耐えてましたが、ひどく寒くなってきた、と思うと意識が朦朧としてきて、
何かちっちゃい赤い蟹が無数にいる幻覚みたいなんが見えた…
子宮口が5センチまで開いた、と助産師さんが言ってるのが遠くで聞こえ、
ここでなぜか俄かに周囲が慌ただしくなりました。
お産の進みが速いので分娩室へ行きましたが、赤ちゃんの心音が下がってる、
との事で緊急帝王切開に。
しかし前の手術が終わってなくて、ウテメリンという子宮の収縮を弱める薬を
投与しながら2時間近く待機。
でもウテメリン投与してても痛いもんは痛い。
しかも副作用で動悸と寒気がしてがたがた震える。
この痛みは無駄だなあと思いながらも耐えるしかなく。
陣痛と陣痛の間に束の間痛みが引くのですが、この時間、
疲労で意識がふっと遠のきます。で陣痛が戻ってくると意識が戻る。拷問か?!
失神したいと思いました。

後で聞くと「陣痛が強すぎたので赤ちゃんにストレスがかかっていた」とのことでした。
カルテには胎児ジストレスと書かれていました。過強陣痛によって
胎児が仮死状態になったり心音が低下したりするもののようです。
麻酔がかかってからは嘘のように楽になり。局部麻酔で意識はあったです。
先生方がめっちゃ楽しそうに雑談しながら、内臓をぐいぐいかきわけたり
引っ張ったりしておられました。
旦那は枕元にいましたが、手術部分を「見ないでくださいね」って言われてたのに、
見ちゃった!と楽しそうでした。
内臓はまっ赤っかだったよ、赤ちゃんは1,2,3で引っ張って取り出したんだよ!
と言っていた。子どもか。
私も見たかったのに。内臓とか自分でも見た事ないのに。
術後、院長先生が「陣痛も帝王切開も味わえてお得だったね!」と笑ってはりました。
確かにお得だわ。ただし2倍痛いねんけど。
10月21日15時出生、うまれたのは元気な男の子です。

退院直後から乳腺炎で40度近い熱が出て朦朧としてました。
念のため受けたインフルエンザの検査は陰性でひと安心。
熱が出ても休めないところは育児も仕事と一緒だなと思いました。
でもおもしろいー。
まだ熱はさがりきってないのですが、明日のお昼にはチーフ夫妻が
訪ねてこられるので、今日は明日のランチの準備。
チーフ夫妻が来てくれるのはうれしいけど、旦那の仕事場のお局さま方が
ほぼ全員うちに赤ちゃんを見に来たいというご希望をお持ちなので、
それをいかにさばくかが今後の課題でございます。
倒れられないわ。
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10/20 (Tue) 19:26|思考
昨晩1時頃から陣痛らしきものが来ました。
痛くて目がさめる。眠れないのは慣れているし
一時間に二・三回の割合で痛いかんじなので、合い間にうとうとする。
一時間に六回以上になったらとりあえず病院に行こう、と待ってました。
でも朝になったら痛みがきえうせた。
前駆陣痛といって陣痛の「練習」みたいなものがあるらしいのですが
それだったのか。
とはいえ予定日はとっくに過ぎてしまっているので
今晩あたり来るかもしれず
入院用の鞄をだしてきたりしています。

今日は書店に注文してた本を受け取りに行ったり
オークションに出した商品を発送したり
薬局でグロスを購入したりとかしてました

胃が悪くなったかして吐きそうですが
混乱したあたまで思ったのは
実家を離れて暮らすことを決めたのは私であって他の誰でもなく
最後の時間を一緒にいられなかったことを
はまちは許してくれないだろうということでした。
何をしてももう遅いので、お花も好きだった白身魚の缶詰ももう役に立たないし
洗ってあげたくてももう体がありません。
後悔しても泣いても全部遅い。
私は自分で選んだことに責任をとらないといけないし
責任をとるということは今自分が選んで居る場所で
自分のやるべきことを誰かのせいにしないで
逃げずにきちんとやることだと思いました。
なのでもうはまちがいなくて寂しいという以外の理由で
後悔したりして泣いてはいけないと思いました。
元気な子を産んできます。
タイトルなし
10/20 (Tue) 18:18|未分類
20091020181840
はまち
10/18 (Sun) 21:09|未分類
15日深夜にはまちの訃報を聞きました。
聞いて数日何も考えられず
今日実家に行って詳しいことを聞いてきました。
実家でお骨を分けてもらうつもりでした。
家周りの塀から落ちたようです。
午後15時頃発見され、そのときはまだ体があたたかかったそうです。
享年11歳でした。
焼き場で焼いて貰ったお骨は父がどこかへ持ち去ってしまったそうです。
父がどこに住んでいるのか解らないので、今度ひょっと帰ってきた時に
貰えたら送ると母に言われました。
首輪とか形見になるものも何もなかったです。
いま私の手許にあるのは写真だけです。
予定日が近いからといって実家に帰らず、
生きているうちにひと目でもはまちに会わなかったことを
後悔しています。
自重すべきではなかったと思いました。

はまちを可愛がってくださったかたがた、
今までありがとうございました。
どうかお別れを言ってあげてください。
おもったこと
10/14 (Wed) 18:38|出産
出産予定日まであと3日。
準備も大体終わったので、のんびりしています。
妊娠中のことって産んだら忘れちゃうんだろうな、と思うので今のうちに書いとこ。

でも、長いっす。↓

妊娠中て、体が完全に守りの態勢に入ってるかんじです。
攻めの態勢ではぜったいにないです。
においに過敏になるから、煙草やお酒、化学調味料が無理になるし。
疲れやストレスを感じると容赦なくお腹が「張る」ので
自分の心身のどこが弱っているか、絶えず意識している状態です。

「張り」とは何かというと
子宮がぎゅっと収縮して硬くなることをいいますが
お腹を触ると石みたいになっています。ひどい時は歩けなくなる。
「つわり」については、仕事中気が張ってるとひどくならなくて、
仕事を終えて緊張が解けて着替えた瞬間に襲ってくる というように
メンタル面で抑えがきくとこも幸いあったんですが、「張り」は抑えがきかない。
お腹と自分はつながっていたのねーと思います。
わりと自分の体をほったらかしてた感があるので、
こうも敏感な反応があるとお腹が生きている!と思います。
いや、お腹が生きているというか、お腹に生きものが入ってるんだけど。

妊娠すると、妊娠前の自分が鈍感だったということに気づいてびっくりします。
鈍感なつもりはなかったのだけど。
鈍感さを味方にしてやりこなせたり呑み込めてたことが
ものすごく沢山あるのだなと思いました。妊娠していると
それが身体的に不可能になることが多い。病気ではないんだけど
病気してる状態に近いです。
もちろん鈍感と敏感、どちらがいいとか悪いとかいう話ではなくて。

で、妊娠初期から安定期へと続いたこの敏感さが、妊娠後期になると反転して
鈍感に転じてくるのがなんとなくわかるです。
まず化学調味料が食べられます。なので体に悪いものでも摂取できます。
この解放感はすばらしい。

自分にとって悪いものを受けつけないという敏感さは、確かに即健康につながるので
体調もよかったんですが、食べられないので仕方がないんですが、
心理的には微妙なゆがみが澱のように溜まってたのです。
これはなんだろか。
インスタントの一平ちゃん焼きソバがむしょうにたべたいのに
たべられないフラストレーション、というのともちょっと違う。

敢えて言えば自分がカルト的な排他性を持ち始めているという感じです。
そういえばカルト教団が駅を占拠している夢を見てたですね。
食べるとしんどくなってた時期です。
敏感さが悪いふうに攻撃性に転じているかんじだった。
自分を守るために躍起になって害になるものを排除するというのが
なんか、だめなんだ、私は。それはなんかちゃうのだ。

「おいしかったけど下しちゃってえらい思いしました。
ほどほどにしておこうとおもいました」
それでいいのだ。

で食事についてあんまり考えなくなったら楽にごはんが食べられるようになりました。
後期に入ってさらに鈍感になって楽ちんになりました。
敏感であるということはとても大切なことなんだけど状態としてはしんどいんです。
しんどいけど自分のしんどさを正当化したり他を攻撃するよすがにしたりせずに
サバイバルしてたいと思うのです。

…いや、こう書いたら、なんか深刻すぎるけど。妊娠がしんどいみたいですけど。
しんどいけど、ほんとのこというと非常に楽しいです。これはもうイベントです。
笑っちゃうくらいたのしいです。
たまに風邪ひいたり、大がかりな病気するのって
ときどき死んじゃおっかなと思うくらいしんどいですけど楽しいです。
あんまり楽しい顔しないけど実は非常に楽しかったりもするという。
もうそういう感じです。それの大っぴらに楽しい版です。

必要で、敏感になるし、守りにも入るし、必要なくなったら敏感でなくなるし
うまくできてるなーにんげんって!
というのが妊娠して思ったことでした。
おわり。
終末のフール
10/10 (Sat) 20:26|未分類
レイ・ブラッドべリ『二人がここにいる不思議』、伊坂幸太郎『終末のフール』読了。
『終末のフール』、世界の終末を生きる人々をオムニバスで描いた短篇集です。淡々とした、不思議な静けさのある話で、何だか心が安らぎました。
非日常の中で日常を保とうとする人間くさい葛藤。人間て脆いなあとか、人間に対して強いとか弱いとかって一概に言えないよなあ、とか思いながら読みました。
終末話つながりで、十代の頃読んだ新井素子の『ひとめあなたに…』を思い出してしんそこ懐かしくなったり。
急に紙コップ入りのホットチョコレートが飲みたくなった。
十代の頃よく学校で飲んでたのです。冬になったら。 世界の終末って、冬のイメージだ。

ブラッドべリのもしみじみとしたかんじの短篇集。
秋から冬にかけて、一人でお茶入れて本読むのはさみしくも楽しい。
青い蜜柑について
10/09 (Fri) 21:52|今日のごはん
蜜柑!!
この季節のまだ青い蜜柑を食べてると、心底しあわせになるのは
私だけでしょうか。
実は冬の黄色いあまいミカンにはうち、感動がないのです。
ほかのくだものとおなじく一般的な果物と思ってたべます。
しかし、青い蜜柑は特別な存在なのです。
味なんて問題じゃないのです。

むしろ青くてまだすっぱいくらいの
皮もちょっと硬いくらいの
秋から冬に入りかけのこの季節の!
青い蜜柑がもの凄く好きです。
特別高い香りがする・・・
冬が来てる冬が来てると思いながらにこにこしながらたべる。

しかし、青い蜜柑にはお客さんも妹も皆、手を出さないのだ。
なぜだ。
特別な青い蜜柑なのに。
それで今になって
みんなは、青い蜜柑をそれほど好きじゃないのか?
とふと気づきました。
「たぶん黄色くて柔らかいあまいミカンのほうが人気なのだ・・・」
・・・そうなんだなあ。

で今日も青い蜜柑をたべていました。
お昼はマクドにチキンタツタをたべにいきました。
レジのとこにチキンタツタは10日までの販売って紙を出してた。
台風
10/08 (Thu) 15:42|今日のスイーツ
朝4時起床。暴風の音で神経が立ってたかしてあまりねむれなかった。
でも2時間くらいは眠れた。

JRは止まってるし自転車も乗れない風だしでタクシーを呼ぶ。
二度寝しようとこころみるが眠れず。
風がびゅうびゅういってて外は暗く、ハンガーがすごい速さで
物干しざおの上を滑っていく。
非常事態ぽいかんじ。
テレビをつけっぱなしにする。
台風情報をずっと流しているときのニュースが好き。
余計な音がなくて安心してしまう。

洗濯したり掃除したりこまごま家事。
入院中・入院後の忙しさを考えて食糧を下処理し冷凍。
カードを作る。
肉じゃがを煮る。ほうれん草の胡麻和えをつくる。
母に頼まれていたホテル探しを済ませる。
8時過ぎたら雨風もおとなしくなってきた。
ニュースも台風情報以外のが入ってくるようになる。
テレビを消してサラダ油、たまご、きなこと上新粉と三温糖で
きなこのケーキを焼く。
お菓子に目分量はご法度なのだが、すべての材料を目分量で測る
というおそろしい試み。
炊飯器で焼きます。
10時過ぎ、近畿地方の警報が解除され始めた。
外も明るくなる。

ケーキ焼けた。
ほろほろしてて和菓子っぽい。
意外にも成功していた。

台風は関東へ。近畿地方は抜けたか。
12時、寝る。
ねむれた。
無為と煮豚の関係
10/05 (Mon) 18:55|思考
最近やる気がくだけてて、夕ごはんが近所のお祭りの出店の焼きそば
とかだったので、今日はちゃんとしようと思いました。
というかちゃんと動かないとほんまに体調と心身の具合が悪くなるですね。
動かないと眠れないし、結果的に不眠になって目の下にくまができるし、
不眠の次の日ゆっくり寝てたら、朝起きると顔がむくんでるし。
遅寝してだらりとしてるとだるーくなるので
朝5時くらいには起きて家事してるほうが気分的・身体的に楽です。

無為でいるというのは難しいことだと思った。
絶対にストレスはたまる。
自分の中にあるエネルギーを使わないことへのストレスというか。
そのストレスに耐え得て、なおかつそうして貯まったエネルギーを
適切に用途と目的別にコントロールできる力と技術のある人しか、
じょうずに無為ではいられないと思う。
ひまの達人て憧れる。

で今晩の献立は、煮豚と煮卵+人参と豆乳のポタージュ+胡瓜と春雨の酢の物です。
豚を一時間くらいこつこつ煮てます。
永遠に片思い
10/02 (Fri) 20:49|思考
Tさんと「感情」について話していて、感情と情動の違いって
正確にはなんだったけな、と
ふと思ったので、今日は昔のファイルを探し出そうとしていました。
確か昔、ユングの著作のうち情動に関する部分をコピーして
ファイルしておいたはず、と思い。
しかし見つからず。
実家に置いてきたっぽい。

「感情」と「情動」このふたつ、日常的には同じ意味で使われてるけど
私的には全然ちがうものとして頭の中にはありました。
心理学者によって定義は違うんじゃないかな・・・
情動は確か生体反応(汗をかく、動悸の亢進など)を伴い、
方向性を持ったエネルギーの動き(リビドー)のことを指すんじゃなかったかなー
と思ったけど・・・
わからず。

代わりに1998年以降の夢分析記録のファイルが見つかりました。
11年前。
ちょうど居酒屋と煙草屋さんの隙間にはさまっていたはまち猫を拾った頃です。
その頃の自分の文て、ごっつ苦しそうなんだけど、
幸福てどういうのかちゃんとわかってる感じがしました。

苦しいということと幸福ということは両立しないような気もするけど
実はそんなことない、というか。
闇の一番濃い所を過ぎると、光が純粋にくっきりと光って見えてくる、
輪郭をさわれそうなくらい。そういうことだと思う。
さわれそうな時は一瞬だけだったけど。
ごまかしではなく、酔いでもなく、たった一人で、孤独なのに、
光と風のなかではっきりと目を醒ましていて、それでいて
自分が溶けてなくなればいいと願うような幸福感というのは
実はその時しか感じたことがない。
自分の意志ではどうにもならなくて、全て打ち壊された時ふいに
訪れる圧倒的な光のようなもの。
それは自ずから「来る」ものであって、乞うても呼べず、一瞬ふれることができても
手に入れることはできず、とどめておくことも、連れていってもらうこともできない。
姿がないのに、はっきりした痕跡を残して去っていき、
結果的に全てを変えてしまうもの。

結局夢分析はじめた動機とかて、色々聞かれてその都度考えて答えてはいたのだけれど
その光を追おうとしてただけなのだったなあ

改めて思ったりしました。
生きてるということは、永遠に片思いしているようなものだと思う。

今日は手羽元を煮たのとかザワークラウトとかマカロニサラダとかをたべます。
化け寺
10/02 (Fri) 19:29|夢記録
携帯が壊れかけてるっぽいです。
メールを打つと充電が切れる・・・
これを十数回繰り返し、もういいや!とぶん投げました。(嘘
ほかの動作はだいたいできるのになぜだ。

今日は雨なので一日眠い。
夢を見てた。
修学旅行でお化け屋敷に連れて行かれる夢。
お化け屋敷といっても、本物の化け物が出るお化け寺である。
寺に住む住職は化け物と共存しており、化け物の敵でも味方でもない
絶妙の距離感を保っているらしい。
正確にいえば、住職もたぶん人間ではない。
じゃあなんなのか狸なのか、といわれるとちょっとはっきりは言えないが
とにかくただものではないらしい。
学生は僧に扮して寺へ向かう。

学生僧が寺に来ると住職は「おっかなや」と言って襖の狸の絵に化けてしまう。
学生僧は大声で住職を呼ばわって
「住職、わたしはこの寺に棲む化け物の弱点を教わりたいだけなのだ。
けっして寺に害は加えないから出てきてはくれないか」と言う。
住職は頭をちょっとひねって、襖の絵から煙のように遊離して学生僧の前に
姿を現す。彼を見つけた学生僧は後ろから杓杖で打ち据えようとする。
住職はふわふわと笑って、「おっかなや」 煙のように姿を消した。

住職を捕え損ねた学生僧は寺の奥の間へ踏み込もうと何度も襖を開ける。
が、何度開けても新たな襖が現れ、一向に奥へと到達しない。
この寺が尋常でなく広いのか、化かされているのかどちらかだ。
ええいもう戻ってしまえ、と思ったその時、開いた襖の奥に女達が見え足を止めた。
赤い着物を着て、肩までで切り揃えた黒髪の美しい女達が
囲炉裏の前に正座し、一列に五人ほど並んでいる。どの女も同じ顔である。
「ようおこしくださいました」
女のひとりがやわらかな薄い微笑でお茶を差し出す。化け物だ。
学生僧はその囲炉裏の前に腰をおろした。
ここで茶菓子をたべお茶を飲むことができれば、彼は試練をこなしたと
胸を張って帰ることができる。
目の前のお茶をすすろうとした時、頭上で女達の哄笑が爆発した。
やはりそう簡単には無理か・・・そう思って目を上げようとしたが上げられなかった。
目の前に白い星が飛んだ。後頭部を強く殴られたようだった。
彼は意識を失った。

そして目が醒めました。
修学旅行で化け物退治っていやですね。

お茶する
10/01 (Thu) 12:56|今日のスイーツ
桃と豆乳のヨーグルトムース

昨日はTさんが遊びにきてくれましたー。
乙女ゲーム「月代」の全てのエンディングを知りたいばかりに、
Tさんにこつこつと攻略してもらう。
月代にときめいたりときめかなかったりしながら、
冷静に攻略を続けるTさん。
そして見事コンプリート!!その姿を見れただけで内心満足でした…
Tさんがマクドで般若心経の勉強に励んでいる話に
爆笑したりしながら、お菓子を順調に消費する。
この日は桃と豆乳のヨーグルトムースを作りました。
生クリームの泡立ては意外にストレス解消になります。
二の腕の筋肉も鍛えられるかもしれない。
楽しかったー。

桃と豆乳のヨーグルトムース:
材料:桃缶、カステラ、レモン、ヨーグルト100g、生クリーム200cc、
豆乳100cc、ゼラチン5g、砂糖大匙4~6杯。

レシピ:
レモン汁とお砂糖(分量外)を煮つめたシロップを作って
カステラを湿らせておき、容器にしきつめる。
その上に角切りにした桃をのせておきます。
ゼラチンは大匙2杯程の水でふやかす。

続いてお砂糖大匙4~6杯を入れた生クリームを
ガッツ入れて七分立てに泡立て、ヨーグルトを投入。
沸騰直前まで温めた豆乳にふやかしたゼラチンを
溶かし入れてから、泡立てた生クリームと合わせてさっくり混ぜ、
準備しておいた容器に等分に入れて冷やし固めます。
食感はふわふわ。

ヨーグルト200cc+生クリーム100ccでも
だいじょうぶそう。今度やってみたいです。
鯛飯
10/01 (Thu) 00:17|未分類
鯛飯作ってみました。
おいしかったー。
でも濃口醤油を使ったので色が濃く、炊き込みご飯みたいなみかけにはなっちゃいました。
すぐ食べ切らないとぱさつくので、今度から少めに作ろう。
分量は、お米3合につき、だし汁2カップ+調味料1カップです。
調味料の内訳は酒と薄口醤油で、酒100~150CC(お酒多めのほうがおいしい)にお醤油を足してトータルで200CC(1カップ)にします。お米を研いだ後の水揚げ時間は短めで、とのことでした。
鯛はうろこと内臓、えらをとって三枚に下ろし、中骨や小骨をとってからサッと湯通しし、炊飯器のお米の上に置いて普通に炊きます。
鯛は切身を使えば楽なはず。
だしは昆布と干椎茸でとりました。
ちょっと手間はかかるけど、久々に好評だったです。炊きたてが一番おいしい!





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