背日記


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思い出せない童話
11/22 (Mon) 20:28|日常
最近、風邪で喉をやられていて子守唄が歌えないので(高い音が出せない)
寝つかせる時に童話を話すことにしました。
思い出せない部分は勝手に作ってます。
それでももうネタが尽きてきて、何を話していいやらわからなくなってきました。

今まで話した話:
白雪姫、シンデレラ、眠り姫、人魚姫、白ばらちゃん紅ばらちゃん、
美女と野獣、かぐや姫、天女の羽衣、赤ずきんちゃん、ヘンゼルとグレーテル、
アラジンと魔法のランプ、狼と七匹の子やぎ、烏と鳩、ありときりぎりす、
舌切雀、花咲か爺さん、異種婚姻譚(きつね)、見るなのくら、
桃太郎、金太郎、鶴の恩返し、つぐみの王様、長靴を履いた猫
+苦し紛れに聖書からエステル記、モーセの出生の秘密から
紅海を渡るくだりまで。

込み入った話を難しい言葉を使って話すと、よく寝てくれます。
たぶん、退屈なのではと思われる。
もっと退屈な込み入った話を記憶の中から発掘しようと思います。


最近、きもちの持ちようが少し変わりました。
昨日も音楽が勝手に再生されたり、消した電気がお風呂に入って出てきたら
勝手に点灯してたりはしてるのですが
ちびを寝かしつけたい時に子守唄をかけてくれたり(家のオーディオは
5枚CDが入るやつなので、子守唄をかける時はディスク指定が必要)、
また電気をつける手間が省けたりするので、
怖いというより、なんだかありがたい気持ちになりました。

もう、いいや、なんだかわからないけど、便利だし・・・
たまにちびをあやしてくれているみたいだし・・・
(時々、ちびは虚空を見つめて笑いながらおもちゃを「どうぞ」する)
同居人だと思えばいいんだ・・・

・・・あ、いいえ、人とかぎらないけど。何か不明な偶然の現象かもしれないけど。
とりあえず自然にあんまり気にしなくなったというか、怖くなくなったのでした。

よかった、よかった。
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てんぷれーと
11/17 (Wed) 22:18|日常
長年変えてなかったテンプレートを変えてみています。
文字のズレや写真表示の歪みさえなければ
ずっと使ってるノートのテンプレートが
やはりこころおちつくのですが。

どれが見やすい&使いやすいだろう?

というので、ちょっとしばらくいろいろ変えるかもしれません。
魔術名で書かれた本
11/14 (Sun) 19:31|
ケルト民話集を読み終わって荒俣宏の解説を読んでいたら、
著者フィオナ・マクラウドは女性名だけれど、実はこれを
書いたのはウィリアム・シャープという名前の男性だとわかって
驚きました。

要するにこの『ケルト民話集』はケルト独立のための政治活動の一環として
別名を使って書かれたものらしい。
そしてその政治活動にはオカルティズムが絡んでいたらしい。
フィオナはシャープの魔術名だったらしい。
ということがわかりました。
でも、多分書かれていることの半分も頭に入ってないと思います。
魔術名って一体何なのだ。
わかりません。もう一度読み直します! 解説を。
とりあえず・・・あやしい。

若干、不安になりました。
読んだ内容は確かなんだろうか・・・
ケルトの民の霊に聞いた話とかじゃなくてほんとうに民話なんだろうか・・・

ケルト民話については他の本も多めに読もうと思った日曜日でした。
もみじのような
11/12 (Fri) 20:56|お出かけ
天龍寺

嵐山へ紅葉を見にいきました。
でも、全体的にあまり紅葉していなかったです。
ちびに河原で石は食べるものではない、ということとか、はげの人が隣にいるからといってあたまをなでてはいけない、ということを教えました。
嵐電に乗るのが楽しかった。
一両しかなくてかわいいです。
綱渡り
11/09 (Tue) 20:45|思考
ケルト民話集を読んでいます。
著者フィオナ・マクラウド、訳は荒俣宏。
死にまつわるなんとも暗い不吉な話も多い。

ものすごく高いところを渡る時、綱渡りみたいな状況の時
映画なんかでよく「下を見るな!」って叫ぶけれども
読んでいてそれを思い出した。

実はそこにあるものをあえて見ないことで無事に生きていられることってあると思う。
それは技術でもあると思う。
でもあえて見ないという技術はわりと難しい。
世界を恣意的に編集しなければならないし、意識的になりすぎてもいけないし
無意識でありすぎてもいけない。
そして下を見ないにしても、下があるのをきちんと知っていなければ
やはり下に落ちるのだ。
日常生活をなにげなく送るということ、これはほんとに高度な綱渡りだ。
こういうことをふだん普通の人は何も考えずにかるがるとやっている。
何か考えたらできなくなるのかもしれない。

でも、もう明らかに「見えて」しまっていて、見ないふりでそれを否定すること
=自分に嘘をつくことだ、という状況にまでなっていると、これができない。

ということをものすごく思い起こさせる話が、ケルト民話に多かったです。
これは綱から落ちた者を語るお話だと思うのです。
万感の
11/07 (Sun) 03:14|未分類



Kちゃんの結婚式にいってきました。

Kちゃんの白いドレス姿、
見ているだけで万感の思いがこみ上げてしまうのでした。
万感の思い、ておっちゃんみたいな表現ですが、これは、本当に
色んな記憶やおもいが全部いっぺんに浮かんできてとても
一つ一つは説明しきれません、胸いっぱいであります、
という心情をよくあらわした言葉だと思います。
あまりにも本当に綺麗だった。

準備していったスピーチが本番になるとどこかに
とんでいき、思ったことの半分もいえず。ごめん(私信)
私のそれはともかく、ほんとにいいお式でした。


万感の思い です





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