背日記


スポンサーサイト
--/-- (--) --:--|スポンサー広告
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
06/22 (Fri) 09:06|夢記録
先日ふたりの子どもの夢を見てから、ずっと考え込んでいた。
その前から断片的にガラスが割れる夢など、影の侵入を表す夢を見ていたのも、考え込むきっかけになった。
夢に出てくる登場人物は基本的に全員が自分の分身だと考えている。受け容れがたい嫌なやつも、子どもも、老人も、男も、女も。

自分が生きていない影の側面が、人の姿をとって立ち現れてくる。それを受け容れて影を内包した存在として生きるか、拒否して今の自分を保ち、変化しないのかは、自分自身が選択する問題だ。その影が自分にいい変化をもたらすとは限らないし、変化することは時として死ぬより怖いことだから。
変化するとは、今までの自分が死ぬということなのだ。

私は子どもの霊を拒否したけれど、それは本当に受け入れちゃいけないものなのか? 
子どもがここまで食いさがって訴えかけてくる、ということに、目覚めてからすごくひっかかり続けた。
子どもの霊が自分を死に追い込むとしても、夢の表す死は変化することと同義だ。
対話する姿勢を自分の中にもち続けたほうがいい、と昨日考えた。

今日の夢:

白いコック服を着た上司が、寡黙な働き者の黒人を見込んで、摩天楼の城のてっぺんのレストランで働かないかともちかける。黒人は窓の外を見て、聳え立つ城を仰ぎ見る。
     +
海で泳いでいたら、物凄い数の鯨が間近を泳ぎ廻っており、波のあおりをまともにくらう。壮観。自分がいまだに溺れていないのが不思議なくらいだ、と思い、危険を感じて岸に泳ぎ着く。

とてもはっきりとわかりやすく展開している。
この後の展開を見る。
スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿

  • URL
  • コメント
  • パスワード
  • 秘密
  • 管理者にだけ表示を許可する





Template by:Ribbon*RIA

FC2Ad

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。