背日記


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10/24 (Fri) 20:53|
雨降り。
ル・グウィンの『帰還 ゲド戦記 最後の書』読了。
ゲド戦記ではこれだけ読んでなかったのです。

『帰還』にでてきたテナーの台詞。

「アルハは教えられてたの、力を持つためには自分も他人も犠牲にしなくちゃいけないって。
取引きよ、何かを手にするためには、まず与えよってね。
それが間違いだとはわたしにも言えない。
でも、わたしの魂はそんな狭いところでは息ができないの。
これにはあれ、歯には歯を、生には死を、なんて。その先にこそ自由があるのよ。
報酬だとか、贖いだとか、そんなものこえてね、
取引きや貸借勘定もみんなこえてね、その先にこそ自由があるんだと思う。」

等価交換と、それを超えることを言ってるんだと思う。
等価交換というルールを「知って」いることは重要だが
ルールに「囚われて」しまったら、
ほんとうに大事な本筋をとらえそこねる。

そこには同感したけれど
その先にあるものを簡単に「自由」と呼んでいいのかなあ
という気持ちに少しなりました。
私の感覚だとそれを自由と呼ぶのになんだか違和感を感じる。
ぴったりな別の呼び名があるかと言われたら、ないんだけど。
あえて言えば(できれば言いたくない)愛なんだけど。
これこそ簡単に言っちゃいけない言葉だというか
こう呼んでもたぶん語弊が残るので。

ともかくこの感覚のくいちがいは何だろう? はてな。と首をかしげたのでした。
テナーの言おうとしてる自由ってどんなものなんだろう?

「それ」はどんな言葉をもってきてもたぶんうまく言い表せるはずもないなにかで、
同時にいろいろな言葉でそれのある一面は言い表せ得るようななにか
なんじゃないかな。
見る人によってその場所は輝きを変えて別なものに映るのかもしれない。
便宜上テナーはそれを「自由」と呼んだだけなのかもしれないし
テナーの眼にはそれが「自由」に見えたのかもしれない。
あ、そっか。
それ以上にストーリー上「宿命からの自由」が
テーマの一つだっていうのが、大きくあるかも。

自分の背負った宿命から自由になりたい? なるべき? 
過去から自由になったと思い込んでるけどそれは本当かしら?
そんなふうにたえず問いかけられているような気のする本でした。
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