背日記


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ペストと残酷について
08/12 (Wed) 19:51|
昨日は休みだったのだけど早朝5時に目が覚めました。
ねどこが揺れてるものだからニュースをつけたら、やはり地震だった。

昨日の晩の献立:ごぼうとエリンギの天ぷら、モツ味噌炒め、茶蕎麦、西瓜。
レシピに調和がとれていないですが、気にしない、気にしない。
今日は白くまアイスを買いに行こうと思います。
白くまアイスはおいしい。

休日、スーパーに一人で行くというと
「暑いからやめときなさい。代わりに買ってきてあげる」と
止められます。
近所のスーパーに限らず本屋でも徒歩2分の郵便局でも一人行動は止められる。
代わりにいろいろ用事をしてくれるのですごい助かるんですけど
そういうわけで一人での休日はあんまり外に出ないです。ぷちひきこもり。
身重なので心配されているんだろうか。
そういうものなんだろうか。・・・・・・・・
たまに考え込んでみたり。

昨日も近所の公園でまた、空席のぶらんこが片方だけ揺れているのを目撃。
これは夕方でしたが、夜ここの公園の前を通るのはけっこう怖いものがあります。
でも、通る。

アルトーの『演劇とその分身』を読む。
演劇は全く知らない分野だから理解できるだろうか、と思って開いたら
とても面白かった。
演劇とペストの相似性、演劇と錬金術との相似性、などについて書いている。

『ペストは最高の病気だ。なぜなら、病後に、死か極端な浄化しか残さない
完璧な危機なのだから。
同じように、演劇もまた一つの病気である。
崩壊なしには手に入らない最高の均衡なのだから。』

この文は病気に関する私の意見に全く合致します。
ペストについて延々書いてあるのですが
ペストが実際にどういうものかということとは実は関係ないと思います。
それはアルトーにとって変容という過程に対するある一つの喩だと思うのです。

演劇について書いてあるとこはわからないんだけど
崩壊なしには手に入らない最高の均衡、という言葉は最高です。
坂口安吾の『堕落論』を思い出した。

残酷について書かれた文もあり、全文抜き書きしたいくらいです。
『生の火、生の欲望、生に向かう分別のない衝動のなかには、
一種の初源的な悪意があります。(略)・・・
死は残酷です。復活は残酷です。変容は残酷です。
なぜならあらゆる意味において、また閉じられた円である世界のなかでは、
真の死のための場所はないし、昇天は一つの引き裂きであり、閉じられた空間は
生によって養われ、より強い生が他の生を突き抜け、つまり他の生を食べ、
その大量虐殺こそが変容であり、善だからです。(略)善は一つの努力であり、
すでにある残酷に付け加えられたもう一つの残酷なのです』

なにか仏教的ですらあります。
アルトーという人は比喩を現実として生きていたのではと思えます。
比喩やイメージが生き生きとした力をもちすぎて、それがまさか現実ではないとは
区別できず、信じられないほどだったのではと思います。
しかしもう一つ違うレベルの現実があるということを弁別できていれば、
病院にはいる必要はなかったのではと思いました。

時間をかけて熟読しようっと。
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